【チーム・スポルディングに聞く!】池田雄一 編

2015/04/07
CATEGORY : INTERVIEW

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『チーム・スポルディングに聞く!!』は、チーム・スポルディングの選手にインタビューを行う企画です。

第3回目は、ターキッシュエアラインズbjリーグの強豪チーム『新潟アルビレックスBB』に所属する、池田雄一選手に話を伺いました。

東海大学時代に全国を制覇し現在は地元新潟チームで活躍する池田選手の半生を振り返っていますので、是非ご一読ください。

インタビューアーは、スポルディング・ジャパンの中山が務めました。

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中山:
池田選手がバスケを始めたのはいつごろですか?

池田:
僕は遅いですよ。中学のバスケットボール部入部からです。

中山:
そうなんですか?ミニバスはやっていなかったんですか?

池田:
僕の小学校にはチームが無かったんですよね。でもバスケは好きだったからやりたいねって話はしてたんですけど。昼休みとかに遊んでいる程度で、指導されるとかはなかったですね。

中山:
小学校時代に違うスポーツをやったりはしてないんですか?

池田:
特にないですね。小学校1年生の時に野球チームに入ったことがあるんですけど、1日中球拾いをさせられて辞めてしまいました。右バッターが多い中、ライトを守っていたので全然打球も来なくて。(笑)

中山:
身長は小学校の時から大きかったですか?
(※池田選手の現在の身長は192cm)

池田:
大きかったですね。小学校6年生で167cmくらいあったと思います。

中山:
それは大きいですね!では、バスケを本格的に始められたのは中学からだったんですね!中学の部活は強かったですか?

池田:
バスケで選んだとかではなく、地元の中学に進学したのでそんなに強くなかったですね。中学時代は県大会にも出場したことがなかったです。バスケットに詳しくなかったですし、今思えば球技大会のような部活でした。(笑)

中山:
中学の時のポジションはどこだったんですか?

池田:
中学時代はセンターでしたね。

中山:
3年間ずっとセンターだったんですか?今のプレースタイルはガードに近いと思いますが、その時から3Pシュートとか打っていたんですか?

池田:
いえ、当時は純粋なセンターでしたね。ゴリゴリのプレースタイルでしたよ(笑)

中山:
中学3年生の時に身長は何cmくらいでしたか?

池田:
183~4cmくらいだったと思います。中学時代に15cmくらい伸びましたね!

中山:
中学時代に県大会に出場されないという中で、県内屈指の強豪である新潟商業高校にはどのように進学されたんですか?

池田:
実は当時、新潟商業高校が強いって知らなかったんですよ。(笑) 誘われたので行った、という感じで。

中山:
スカウトされて推薦で進学されたんですね?

池田:
そうですね。高校の監督が中学の大会に来ていて、僕が目的とかではないんですけど身長も大きかったので目に留まったみたいです。あと当時履いていた真っ黒のバッシュも目立っていたそうです。(笑)

中山:
中学時代にバスケ以外の思い出は何ですか?

池田:
バスケ以外。。。よく友達とトランプしてましたね。(笑) 大貧民とかを真剣にやっていました。

中山:
高校は通いですか?

池田:
通いでしたね。1時間くらいかけて通っていました。下宿もあったんですけど、それは県外からの選手向けでした。

中山:
事前情報が無い中で入部されて、部活の雰囲気とかに驚きませんでしたか?

池田:
びっくりしましたね。(笑) とりあえずバスケット用語が分からなくて。『ディナイ』とか『クローズアウト』という言葉が行き交う中で、先輩の動きを見よう見まねでやっていました。
(※ディナイ:ボールを持っていない相手に対してタイトにつきボールをもらわせないようにするディフェンス
クローズアウト:ボールを持った相手に対して小刻みにステップを踏みながらアプローチするディフェンス)
あと、練習するときの格好も僕だけ中学校のジャージを着ていました。(笑)

中山:
体育のジャージですか?(笑)

池田:
体育のジャージです。(笑) 周りの同級生とかもみんなTシャツ・バスパンっていう、いわゆるバスケの格好をしている中で、僕だけ桜木花道みたいになっていました。(笑)

でもそれを見た先輩方が色々くれて、かわいがってもらいました。でも最初は短パンで練習する感じが分からなかったです。体操着で練習していたので(笑)

中山:
体操着はすごいですね。(笑) 1年生の時から試合に出ていたんですか?

池田:
A隊(1軍の別称)のメンバーには選ばれていました。先輩がすごい強かったので、県内の点差が付いた試合とかには出してもらいました。

中山:
高校時代はポジションはどこでしたか?

池田:
センターです!

中山:
中学時代もセンターだったんですね!現在の身長まで伸びたのは高校の時ですか?

池田:
高校時代に190cmはいきましたね。 大学でもちょこっと伸びました!

中山:
1年生の時の成績はどうでしたか?

池田:
当時の3年生の方々がとても優秀で、インターハイで優勝しました。僕はベンチには入れなかったのですがA隊18人には入っていたので一緒に行動していました。

中山:
池田選手が1年生の時に、当時3年生だった小菅選手率いる柏崎工業と戦ったんですよね?

池田:
そうだと思うんですけど、1年生だったのであんまり覚えていなくて。(笑) タオルとか水出しとかで試合中は常にテンパっていました。

中山:
部員数は何人くらいでしたか?

池田:
30人くらいですね。そんなに多くなかったんですけど、推薦入学や強い中学から上がってくる人達ばかりでした。

中山:
インターハイには毎年出場していたんですか?

池田:
そうですね。2年の時も3年の時も出場しました。

中山:
ウィンターカップや国体にも出場されましたか?

池田:
そうですね。国体には1年生の時から選んでもらって、3年間出場できました。

中山:
池田選手が3年生の時の成績はどうでしたか?

池田:
インターハイとウィンターカップがベスト32、国体がベスト16だったと思います。学校でも国体でも、どちらもキャプテンを務めましたね。

中山:
少し話が変わりますが、新潟商業高校はどういう学校でしたか?

池田:
いや、すごい良い学校でしたよ!僕がいたのは商業科だったんですけど、クラス40人中に男子は10人だけでしたね。女子に支配された女性社会でした(笑)

中山:
バスケ以外にも強い部活はあったんですか?

池田:
剣道部も強かったですね。

中山:
そうなんですね。じゃあ学校内では、バスケ部というのは花形の部活だったんじゃないですか?

池田:
そうかもしれないですね。全国に出ている部活は少なかったですから。

中山:
じゃあ校内ではさぞモテたんじゃないですか?

池田:
いやー、そんなにモテなかったですよ(笑) バスケ部は厳しくて、女性関係が禁止されてましたし。みんな守ってたかは微妙なところですけど(笑)

中山:
それは致し方ないですね(笑) 高校時代に一番記憶に残っている試合はなんですか?

池田:
一番記憶に残っている試合ですか。そうですね・・・。

僕が二年生の時の新潟県予選の決勝かもしれないです。小千谷高校との試合だったんですがすごい接戦で、展開的にもまずい試合でした。3~4点差くらいだったんですが、何とか伝統を守りインターハイに出場することが出来ました(笑) 接戦の中で終盤に得点を決めることが出来ましたし、この試合は記憶に残っていますね。

中山:
高校だと、池田選手と同じくらいの身長のセンターというのは他チームにもいると思うんですが、その中で池田選手の強みは何だったんですか?

池田:
シュート力ですかね。フリースローライン付近からのシュートはすごい得意でした。

中山:
その時は3Pシュートは打っていたんですか?

池田:
高校では打ってなかったですね。唯一国体では許可が出ていたのでたまに打っていました(笑)

中山:
高校ではどういう練習をされていましたか?

池田:
基礎練習が多かったですね。ディフェンスのフットワークとかをよくやっていました。

中山:
きつそうな練習ですね・・・。部活以外で取り組んでいたことはあるんですか?

池田:
部活で朝練があって、授業終わったら夜10時過ぎくらいまで練習をしていたので、空いている時間がなかったですね(笑)

中山:
10時過ぎまで練習していたんですか?

池田:
そうですね。終電で帰っていました(笑)

中山:
終電・・・。高校生の生活じゃないですね(笑) それで次の日は朝練があるんですよね?

池田:
そうですね。毎朝6:10の電車に乗っていました。電車の中でも寝ていましたね。

中山:
大変な3年間だったんですね・・。

池田選手の家族もみんな背が大きいんですか?

池田:
いや、そんなことないですね。親父が177cmくらい、おかんも164cmくらいです。姉ちゃんが170cmなんで女性にしては大きいですかね。

中山:
池田選手が大きくなるためにやっていたことはありますか?

池田:
ご飯は良く食べていましたね。あと自覚はないんですけど牛乳が好きだったらしく、主に飲んでいたみたいです。効果があったのかは分からないですけど(笑)

中山:
高校卒業して大学は神奈川の東海大学に進学されましたよね。どういうルートで入学されたんですか?

池田:
高校3年生の時から声を掛けていただいていました。陸川さん(東海大学監督)がわざわざ新潟まで来ていただいて話をしてくれたり、熱心に誘っていただきましたね。そこで、この人のもとでバスケがしたいなと思って進学を決めました。

僕が入学するときは、東海大学は関東2部の5位でした。全然上の大学じゃなかったんですけど、陸川さんの熱い気持ちに心を打たれて、東海大学で上を目指していきたいと思いました。

中山:
そうなんですね。実際に1部に上がることができて、素晴らしいですね。
大学時代は寮暮らしでしたか?

池田:
1年目は普通に1人暮らしでした。バスケ部の人が探してくれたアパートに住んでいました。
2年目からは『シーガルズハウス』というバスケ部の寮が出来たんでそこに移りました。寮なんですけど自分の部屋に風呂もトイレもあって、とても住みやすかったですね。

中山:
東海大学が1部から2部に上がったのはいつごろなんですか?

池田:
僕が4年生になった時ですね。その昇格した年にリーグ戦2位、インカレでは優勝できました。

中山:
昇格して1年でインカレ優勝はすごいですね。

池田:
青山学院大学も2部だったんですけど同じ年に昇格して、インカレで準優勝でした。関東では2部でもとてもレベルが高くて、1部との力の差はほとんどないんじゃないですかね。

中山:
高校から比べて、大学バスケを最初に体感した時にどう思いましたか?

池田:
東海大学は先輩方もみんな熱くて一生懸命練習するんですけど、練習の中で笑いが起きたりしてました。決してふざけているわけではなく、メリハリが付いていたんです。そういうのがとても新鮮でしたね。高校のときは練習中に笑うということはなかったので(笑)
それでも練習中はバチバチやり合うし、そういうのを見てとても良い環境だなと思いました。

中山:
大学の時はポジションはセンターで入ったんですか?

池田:
そうですね。一応4番(PF)と5番(C)という形でした。

中山:
現在チームでは2番(SG)か3番(SF)に近いと思うのですが、ポジションが変わったのはいつごろからですか?

池田:
大学2年生の時ですね。その時の1年生に、石崎巧(現:三菱電機)や竹内譲次(現:日立)、井上聡人(現:東京サンレーヴス)らの黄金世代が入ってきて、自分より大きな選手ばかりだったので監督に言われてポジションアップしました。そこからシューティングを始めました。

中山:
大学2年生かそうですね。そこに関しては監督もあまり心配はしてなかったですね。かなり打ち込みはしましたけどね。

中山:
どれぐらいシューティングしてたんですか?

池田:
東海大は夜の10時に体育館の電気が消されるんですけど、それまではずっと打ってましたね。練習は4時から8時くらいまででしたので、そこから家帰ってご飯食べて、また体育館に出てシューティングしてました。

3Pシュートを主に打ち込んでいましたね。打ち込みすぎて、一回手首が腱鞘炎になりました。(笑)

中山:
何本くらい打ってたんですか?

池田:
時間にも限りがあった中でしたが、100本メイクを目指して毎回シューティングをしていました。入るようになれば100本はすぐなんですけど、始めの方はかなり苦労しました(笑)

中山:
今の池田選手だと100本メイクさせるためには何本くらい打つ必要がありますか?

池田:
同じ場所から10本決めて移動、というやり方なんですけど今でしたらその一ヶ所で12本くらい打てばその内10本を決められると思います。

中山:
3Pシュートのコツをつかんだ瞬間はありましたか?

池田:
どうだろうな・・・。2年生からは上のポジションで試合に出てたんですけど、練習でシュートを決めるよりも試合で決めた方が自信にはなりましたね。なので、試合で多く決められた時に『自分のものになったな』という感覚がありました。

中山:
今まででバスケを辞めようと思ったことはありますか?

池田:
辞めようと思ったことはないんですけど、大学卒業した後は体育の先生になりたいと思っていました。ただ大学最後の試合、慶応大学との決勝に足の骨折で出られなくてとても悔しい思いをしたのでバスケを辞めることが出来ませんでした。多分、決勝に出て勝っていたらバスケを辞めていたと思います。丁度アルビレックスからもお話を頂けましたのでバスケを続けていたら、いつの間にかここまで来てしまいました。(笑)

中山:
アルビレックス以外からも声を掛けてもらってたんですか?

池田:
そうですね。いくつかお話は頂いていたんですけど、元々地元である新潟に帰ってくるつもりだったのでアルビレックスにお世話になりました。

中山:
今はアルビ何年目ですか?

池田:
9年目ですね。チーム最長です。

中山:
連続先発出場の記録も打ち立てましたね(インタビュー時点で347試合連続)。新潟アルビレックスBBというのは池田さんから見てどういうチームですか?

池田:
長くチームにいますけど『ディフェンスを頑張る』というカラーは変わっていないですね。ブースターの熱い応援も変わりません。

中山:
ライバルチームはどこになりますか?

池田:
これといって名前を挙げるのは難しいですね。どこも強いチームばかりですから。

中山:
今シーズンの目標は何ですか?

池田:
優勝ですね。昨シーズンは有明で横浜にブザービーターを決められて負けてしまったので、今年こそ勝ち抜きたいですね。

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あまり感情を表に出す話し方ではありませんが、言葉の奥にはバスケットへの熱い情熱を確かに感じることが出来ました。是非TEAM SPALDINGの池田選手の応援をよろしくお願いします!

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■選手プロフィール

名前 : 池田 雄一(イケダ ユウイチ)
身長 : 191cm
体重 : 90kg
出身 : 新潟県
生年月日 : 1983年7月13日
年齢 : 31才
所属チーム : 新潟アルビレックスBB
主な経歴:
新潟商業高等学校 → 東海大学 → 新潟アルビレックスBB

※詳細はこちら→池田雄一選手紹介ページ

(2015/4/7)