【チーム・スポルディングに聞く!】小菅直人 編

2015/02/25
CATEGORY : INTERVIEW

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『チーム・スポルディングに聞く!!』は、チーム・スポルディングの選手にインタビューを行う企画です。

第2回目は、ターキッシュエアラインズbjリーグの強豪チーム『琉球ゴールデンキングス』に所属する、小菅直人選手に話を伺いました。

高校時代、無名だった選手がどのようにプロ選手に登り詰めることが出来たのか、是非ご一読ください。

インタビューアーは、スポルディング・ジャパンの中山が務めました。

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中山:
小菅選手がバスケを始めたのはいつごろですか?


小菅:
9歳、小学校4年生の頃です。マンガ『SLAM DUNK』や、バルセロナ・オリンピックの初代ドリームチームに魅せられてバスケを始めました。マジック・ジョンソンとマイケル・ジョーダンのTシャツを何枚も持っていましたよ。


中山:
ダブルMJですね。
ミニバス時代は、どういう成績だったんですか?全ミニなど出場されましたか?


小菅:
全ミニには出場してないですね。全国大会には、大学まで出たことないです。


中山:
そうなんですか?とても意外です。
ミニバスでは、ポジションはどこでしたか?


小菅:
フォワードでした。ただ身長は小学校4年生で147cm、6年生で156cmでした。当時は全然大きくなかったんですよ。
チームで一番大きかったのも162cmくらいでした。
※小菅選手の現在の身長は187cm。


中山:
小学校の時から、プロを目指してプレーされていたんですか?


小菅:
いやいや、全然そんなことなかったです。
まぁ卒業文集には、将来の夢『NBA』って書いてあったけど(笑)
でも真剣に考えていたわけではなく、その当時は単純に楽しくてやっていたという感じでしたね。小学校の時は、バスケだけじゃなくて陸上もやっていましたから。


中山:
そうなんですね。バスケと陸上を並行してやっていたんですか?


小菅:
そうです。陸上の練習が終わった後に、バスケの練習に行っていました。
学校の部活で陸上、地域の育成会でバスケという感じです。
中学に入ってからはバスケ一本に絞りました!陸上にもすごい誘われたけど(笑)


中山:
小菅選手の身体能力の高さは、その陸上から来ているんですかね?


小菅:
小学校の陸上では何やってたかな・・・。幅跳び、高跳び、リレー、1500m、100mとかをやっていたと思います。


中山:
多種目ですね(笑)。陸上の大会では成績はどうでしたか?


小菅:
小学校6年生の時、幅跳びで新潟県6位だったかな。あとは確か地区大会だと思うんだけど、小学校5年生の時に1500mで優勝しました。


中山:
すごいですね・・・。それだけの成績を収めた中で、中学ではなぜ陸上ではなくバスケを選んだんですか?


小菅:
みんなでワイワイするのが好きだったからかな(笑)。楽しさも苦しさも仲間と分け合えるから。陸上はリレー以外は個人競技になってしまうので。


中山:
身長は、小学校6年で156cmくらいだと決して大きくはないと思うのですが、中学の3年間で伸びたんですか?


小菅:
中学校でもそんなに大きくなかったですよ。引退するときに167cmくらいだったかな?
引退してから高校に入るまでに10cm伸びましたが(笑)。


中山:
その時期に伸びるのは、嬉しいような悲しいような、ですね(笑)。
中学時代の成績はいかがですか?部活は楽しかったですか?


小菅:
中学校の時は県大会でベスト16でした。
部活は楽しかったですよ!顧問の先生がバスケ経験者じゃなく、練習も体育館をバレー部と分け合いながら使っている状況で、卓球部も入ってくる曜日はハーフコートで練習してました。


中山:
それは狭いですね!部員数は少なかったんですか?


小菅:
いや、そんなことはありませんでした。地区では強いチームでしたからね。


中山:
中学の時は、小菅さんはどういう選手でしたか?


小菅:
中学校の時はPGでした。それでも167cmだと大きい方ではなかったですが。


中山:
高校にはスポーツ推薦で進学されたんですか?


小菅:
いや、一般受験でしたよ。地元で一番バスケが強いという理由で、柏崎工業高校を選びました。


中山:
一般受験で入られたんですね!とても意外です。
進学された高校のバスケ部での成績はどうでしたか?


小菅:
自分達の代で、県でベスト8でした。新潟商業高校(新潟・池田雄一選手の母校。当時1年生)に敗れました。


中山:
今の身長まで伸びたのは、高校3年間でですか?


小菅:
高校3年生が終わるときには183~4cmくらいでした。大学でも3cmくらい伸びましたね。


中山:
高校のときはポジションはどこでしたか?


小菅:
ポジションは2~4番(SG~PF)までやっていました。身長が伸びるにつれ、というよりもチームメンバーの組合せによって、ポジションが変わっていったという感じですね。


中山:
そうなんですね。高校時代、県内で個人賞などを受賞されましたか?


小菅:
ないですね。個人賞とかには縁がなかったと思います。


中山:
小菅選手は、そこから関西一部の近畿大学に進学されました。近畿大学に進まれるまでの経緯を聞いてもいいですか?


小菅:
中学校・高校が一緒だった先輩が、近畿大学バスケ部に所属していました。また、近畿大学や筑波大学が夏合宿のために隔年で柏崎に来ていて、そこで一緒にプレーして直接声をかけてもらった感じですね。


中山:
近畿大学は新潟から離れた大阪にありますよね。大学時代は寮生活だったんですか?


小菅:
1年生の時は大学の寮に入っていました。大阪以外から来た選手は、大阪に慣れるという意味も込めて監督と同じ宿舎に入れられました。


中山:
2年生以降は寮から出たんですか?


小菅:
そうですね。大学の近くに借りて、一人暮らししていました。


中山:
近畿大学には1軍・2軍があるんですか?


小菅:
うちの大学にはありませんでした。監督が選んだ人しか入れなかったので、一般の人が新たに入ってくるというのは、年に1人もいなかったかな。
ただ、選ばれたからと言って全員がベンチに入れるというわけでもなく、1年生の時は応援席にいたことの方が多かったです。


中山:
試合に出始めたのはいつごろからですか?


小菅:
2年生の時からですね。SGとして、まだスタメンではありませんでしたが少しずつ試合に出ることができました。スタメンで出られるようになったのは、4年生の時からですね。


中山:
そのころはどういったプレースタイルでしたか?


小菅:
今みたいに、ジャンプスリーを打つようになったのは4年生のころからですね。


中山:
大学生活は厳しかったですか?


小菅:
そんなに厳しくはなかったですね。1年生の時の4年生は少し怖かったですけど。
わざわざ遠くの吉野家まで牛丼を買いに行かせたりとかもありましたけど、僕らの代で終わりにしました(笑)。


中山:
同じくチーム・スポルディングである青木康平選手は専修大学で年は1つ上でした。その頃から交流はあったんですか?


小菅:
康平さんとは大学時代は関西・関東ということもあり、ほとんど関わりはありませんでした。ただ3年と4年の時はインカレで専修大学と対戦し、どちらも破れました。
特に3年の時の試合はよく覚えています。試合終了残り30秒くらいまで、近畿大学が勝っていて同級生の太田和利(元bjリーグ選手。大阪エヴェッサ他所属)がシュートに行ったところで手を叩かれたんです。ファールでフリースローだと思ったのですが笛は鳴らず、その隙を突かれてカウンターで専修・中川選手にスリーポイントを決められて負けてしまいました(最終スコア72-74)。その年、専修大学はそのまま優勝をして康平さんがMVPを獲得していました。


中山:
関西リーグでの成績はどうでしたか?


小菅:
4年の時、関西選手権・西日本学生で共に準優勝、リーグ戦で優勝できました。リーグ戦では個人でMVPを取ることも出来ました。


中山:
とても華やかな成績ですね!
高校時代までは全国大会に無縁でしたが、大学では関西トーナメントで優勝したりインカレベスト16に進出したり、そこにギャップは感じましたか?


小菅:
ギャップは感じませんでしたが、全国レベルのチームメイトに恵まれたおかげで、そういった成績を残すことが出来たと思っています。他のチームメイトはほとんどが国体選手とかインターハイの常連校出身だったりした中で、僕だけは高校時代は何でもなかったので。


中山:
大学時代に『自分が成長した』と感じた瞬間はありますか?


小菅:
んー、4年生の時ですかね。関西選抜にも入れました。また関西選抜チームと大学の両方でキャプテンを務めました。
特に何かを変えたという訳ではないのですが、お前が一番真面目に練習するからという理由でしたね。(笑)


中山:
コツコツと努力した結果が花咲いたんですね。
大学終了後はどういった進路でしたか?


小菅:
当時のスーパーリーグに所属していた、新潟アルビレックスBBに入団しました。ダメ元でトライアウトを受けたら合格したんです。


中山:
トライアウトで入団されたんですね!その時点で、バスケットで生きていこう!と決めていたんですか?


小菅:
いや、その時はそうは思っていなくて、就職活動の一環でした。(笑)
大阪の企業チームは、大学の先生に聞いたら話をしていただけるとのことだったので、地元で出来れば良いなと思っていたのでトライアウトを受けました。バスケ以外にも、消防士とかも受けましたよ。


中山:
チームに入ってからは、すぐに試合に出られたんですか?


小菅:
大学を卒業して、6月1日~7月1日の一か月間は2軍でした。昇格してから、試合で使ってもらうようになりましたね。


中山:
プロと大学の違いは感じましたか?


小菅:
レベルの違いはとても強く感じました。当たりもプロの方が全然激しいですね。


中山:
その違いにはどうやって順応していったんですか?


小菅:
高校から大学に上がった時もそうでしたが、自分なりに考えたり、先輩に聞いたりして、ですね。そして、身をもって体験している内に徐々に慣れていった感じです。


中山:
新潟アルビレックスBBでキャリアをスタートさせましたが、2010年に沖縄・琉球ゴールデンキングスに移籍しました。その時は、どういった心境でしたか?

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小菅:
新潟アルビレックスBBでは6年間過ごしました。最初の1年はスーパーリーグ、その後はbjリーグで、最後の2年間くらいはほとんど試合に出られませんでした。選手として、コートに出てなんぼだと思いましたし、地元のチームに入れたのは良かったですが、所属チームを変えるくらいのことをしなければ自分自身が変わらないと思ったので移籍を決意しました。
移籍すると決めてからは、自分から他のチームに連絡を取っていましたね。そしてFA解禁日にすぐ連絡をくれた沖縄へ移籍を決めました。
今年で沖縄5年目を迎えますが、その中で優勝を2回経験できました!


中山:
キングスはどういうチームですか?bjリーグ屈指の強豪ですし、地元への根付き方もとても強いですよね。


小菅:
キングスは沖縄での認知度がすごいですね。県をあげて盛り上がっている感じがします。
買い物行ったりしても声を掛けられたり、ブースターの方の目線を感じることもあります。(笑)
スポンサーであるファミリーマートさんと組んでキングス仕様のファミリーマートを作るなど、地元での影響力は本当にすごいです。


中山:
キングスに移られてからプレースタイルに変化はありましたか?


小菅:
オフェンスとディフェンスの割合が変わってきたかなと思います。特に最近はディフェンスに力を入れています。


中山:
何かきっかけはありましたか?


小菅:
チームに求められている役割を理解するようにしています。沖縄に来たばかりのころは得点を気にしていましたけど、このチームには得点取れる選手は他にもいるので。自分自身が生き残るためにも、今のようなプレースタイルになりました。もちろんシュートは決めたいし、ノーマークは絶対に打つようにしていますけどね。


中山:
ディフェンスは昔から得意だったんですか?


小菅:
真面目に取り組み始めたのは、アルビに入ってからじゃないかな。
大学時代は1~3番のマークはオールスイッチだったので。その頃は3番の選手でも体格的にはマークできましたが、プロに入ると3番に外国人選手がいたりして。


中山:
今はバスケのどういったところが好きですか?


小菅:
バスケは始めたころからずっと好きですね。どこがって言うのは難しいけど、プロの厳しい世界で仲間と上を目指しながらやっていくのは楽しいですね。


中山:
バスケ選手になっていなかったら、何になっていたと思いますか?


小菅:
高校から進学するときに、近畿大学への推薦がなかったらペット関連の専門学校に行っていたと思います。犬もですけど、動物は全般的に好きなので。
実家でも『ヤマト』という犬を飼っていますが、あまり帰れてないので会えていないですね。(笑)


中山:
現役を引退してから、ペット関連の仕事に就きたいと思いますか?


小菅:
今は無いですね。(笑)


中山:
話が変わりますが、小菅選手はラーメン好きとお聞きしました!オススメのラーメンはどこですか?


小菅:
東京に行った時に食べるのは『AFURI(あふり)』ですね。あそこのラーメンは美味しいです!上野の『武骨』も美味しかったです。あとは『壱発ラーメン』の通称『一輪の花』も美味しかったなぁ。 地元の新潟だと『北京』の麻婆麺が好きですね!


中山:
結構色々なところでラーメンを食べられてますね。(笑) ラーメン好きというのが伝わってきます!
あと、他のご家族は小菅さんのように背が高くないとお聞きしたのですが本当ですか?


小菅:
本当ですよ!親父が170cmくらい、お袋が150cmちょっと、兄ちゃん姉ちゃんもそんなに高くないです。180cm超えてるのは親戚中探しても1人くらいだったと思います。


中山:
身長を伸ばすために、何か特別にやっていたことなどありますか?


小菅:
いや、特になかったですね。(笑)
中学で引退してから伸びたので、現役の間に伸びろよ!と自分を責めました。(笑)


中山:
その気持ちは分かります。(笑)
話をバスケに戻します!今の沖縄はどういうチームですか?


小菅:
今の沖縄か・・・。(少し考える)
チームとしての形がまだ出来上がっていない、というかまだちょっと不安定というか、という感じですね。


中山:
それは優勝した昨シーズンと比べて、ということですか?


小菅:
昨シーズンは、有明でのファイナルで一番いい試合が出来たと思っています。今年もそうなればもちろん良いのですが、昨シーズンと比べてもやはり不安定だと思います。オフェンスにしてもディフェンスにしても、選手が変わるとチーム自体がガラッと変わってしまいます。


中山:
今のチームの良いところはどこですか?


小菅:
うーん、どうかな?まだ満足できる試合は無いですね。
特に上位チームと当たった時に、自分たちのやりたいことが出来ないことが多いですね。今やりたいのはボールをみんなでシェアして得点するバスケなんですが、悪い時はボールも人も止まってしまいます。


中山:
今年のチームの目標は何ですか?


小菅:
優勝です。2連覇したいです。


中山:
ライバルチームはどこですか?


小菅:
ライバルか・・・。名前をあげるのは難しいですね。さっき言った通りまだまだチームが不安定なので、悪循環に落ち込んだらどこのチームにも負けてしまうと思います。
結果的に大勝できた試合でも、悪い流れの時は競ってしまうことも多いです。
なのでライバルチームをあえてあげるならキングス、自分たち自身です。

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チーム・スポルディングの小菅選手を、是非応援してください!

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■選手プロフィール

 名前 : 小菅 直人(こすげ なおと)
 身長 : 187cm
 体重 : 80kg
 出身 : 新潟県
 生年月日 : 1982年3月5日
 年齢 : 32才
 所属チーム : 琉球ゴールデンキングス
 主な経歴:
 柏崎市立東中学校 → 柏崎工業高等学校 → 近畿大学 → 新潟アルビレックスBB → 琉球ゴールデンキングス

 ※詳細はこちら→小菅直人選手紹介ページ


(2015/2/25)